いきなり隣に座ったかと思うと、ひとりでしゃべり始めたそいつは、聞いてもいないのに勝手に名乗り……俺の名前を聞いてきた。
もちろん俺には答える気なんて無かったから、黙っていたが、いつまでも続く沈黙に耐えかねて仕方なく名を告げた。
俺の名を聞いて「女なのか?」と尋ねたので、それはすぐに否定した……と同時に、またか……という思いが込み上げた。
今までにも同じようなことが何度かあった。こいつもナンパ目的で話し掛けてきたのだとそう思っていた。
でも、それは間違いだった。
そいつは俺の目を真っ直ぐに見て……そして俺の話を真剣に聞いてくれた。
何の関係もないのに一緒に考えてくれた。それから……抱き締めてくれた。
俺がどれほどそれに救われたか……。
もう誰も抱き締めてなんてくれないと思ってた。
もう誰も愛してなどくれないと思ってた。
真っ黒な……先の見えない闇の中から俺を救い出してくれた人。
唯一人、愛してくれた人。
ぬくもりを与えてくれた人。
初めて愛し方を知った。……初めて愛されてるのだと実感出来た。
甲斐を愛した事が俺の誇りで、甲斐に愛してもらえた事が、俺の唯一の自慢なんだ。
これから先、永遠なんて無いことは分かっている。
だけど、俺が俺で在るかぎり、あなたを永遠に愛してる。
馬鹿やなぁとも思う。
何で彼女おんの知ってて好きになんのやろ。
情けのうて、虚しくてやってられんわ。
せやけど結局それが心ってもんかもしれんな、とも思う。
ダメやって分かってても、気ぃ付いた時にはどうしようも無いほど惹かれてた。
一緒に居れる時間は最高に幸せやねんけど、同時に地獄とも隣り合わせ。
平気で俺を突き落とす。
でも、出会わなければ良かったとはやっぱり思えへん。
彼女より先に出会いたかったとも思わへん。
だって同じやろ?
お前はやっぱり彼女と付き合うやろ?
それに、それでエエとも思う。
それが普通なんやから。
何でこんなややこしい恋してんねやろ。
でもやっぱり一緒に居るだけで楽しいねん。
なぁ、ホンマはもうあかんって分かってんのやけど、もう少し好きでいさせてな?
絋が居て、父さんが居て、母さんが居る。それは絋夢が家族に加わったあの日から、変わらずに訪れるおれの日常。
その日常が崩された日、両親を失ったあの時……それでもその事実を受け入れる事が出来なくて、両親の部屋に行けば……店に顔を出せば、二人に逢える。そんな想いをいつまでも捨てられずにいた。
二人を呼ぼうとして……すぐに現実に引き戻される。
それの繰り返しだった。
苦しかった……。
遺された淋しさで死にそうだった。
だけど、そんなおれを絋夢は支えてくれたんだ。
絋夢まで失ってしまったら、おれは一体どうなるのだろう?
絋に好きだと言われた時、正直驚いた。
だけど仕掛けられたキスを、穏やかに受け止めている自分が居たのも事実だ。
不思議だったけど……おれの中に確かに暖かな想いが存在していた。
絋の温もりを感じて、その想いはより鮮明になる。
多分……前からおれも絋夢が好きだったんだ。
自覚したのはこの時が初めてだったけど、でも……本当は気付かない様に気持ちに蓋をしていただけなのかもしれない。
おれは元々恋愛に向いていない性格だし、何より絋夢はおれと同じ男だから……だから気付かないフリをしていた。
でも、もう失いたくない。
自分の気持ちを誤魔化したくない。
想いに正直でいたい。
父さんたちは怒るだろうか?
だけど、おれは絋夢を失いたくないし、絋夢が必要なんだ。
他の誰かでは代わりになれないと気付いた時から、絋の存在は特別になっていたんだろう。
母さん……やっと見つけた。
おれにとっての幸福(しあわせ)は彼の隣りにある。
だから……許して。
想いを捨てられ無いおれを、許して下さい。
貴女達が愛してくれたから、おれも人を愛せるんだ。二人がくれた愛情を、おれもおれの大切な人に捧げたい……。
今はまだ守られてばかりだけど、母さん達が慈しんでくれた様な……そんな愛情で絋を守りたいと思ってる。
絋が傍に居てくれる事こそが、おれにとっての幸福だから。
だけど「指が綺麗だ」と褒めると、どことなく淋しそうに目を伏せるから…いつからかその話題には触れられなくなっていった。
原因は……多分旬の昔の恋人に関係あるのだと思う。
何度か、過去に旬が言っていた言葉の意味を考えたことがある。
一体こいつは俺と付き合う前にどんなヤツと付き合っていたんだろう?
気になって仕方ないけど、それでも訊けるはずが無いんだ。
俺に踏み込むなと言った。それはつまり……それほど辛い恋愛をしていたんだろう。
俺は旬の過去を何も知らない。
でも、問いただそうとは思わない。
それが旬にとって辛い想い出だという事が、なんとなく分かるから。
だけど、悔しいな。
俺が旬と付き合う、最初の人でありたかった。
もちろん最後も譲る気はないけど。
旬の想い出には俺だけがいればいい。
人の記憶は、新しいものが増えると古いものを順に忘れていくのだと聞いた事がある。
旬の記憶から、その人が完全に消えるのはいつになるのだろう?
でもな、旬。
自負だと思われるかもしれなけど……その日は絶対に来ると思うんだ。
少しずつでも良い。
お前の記憶に、俺を……俺だけを刻んでいくから。
何度も心の中で謝った。
だけど……。
亨と出会った事も、好きになった事も、無理矢理抱いた事ですら…罪悪感はあるけれど、後悔は一度だってしていないんだ。
俺じゃない誰かなら……お前を幸せに出来ただろうか?
俺にさえ出会わなければ、お前は幸せでいられただろうか?
仮説を立てては打ち消した。
……もう戻れない。
亨に出会えた事実は消えない……。
――同時に
俺の時間も止まってくれない。
別れの時がもうじき訪れる。
恨んでくれて良い。お前の心に俺が残るなら……それがどんな感情であっても構わない。
――だから、忘れないで――
なんて矛盾した想いだろう。
なんて身勝手な愛情だろう。
忘れないで欲しいと思いながら、幸せであって欲しいと願う。
好きだからこそ、近付いてはいけなかった。
だけど……
好きだからこそ、どんな手段を用いても手に入れたかった。
亨……。
もっと早く出会いたかった。
もっと早く気持ちに気付けば良かった。
――時間が足りない。
いや、例えどれほどの時を用意されたとしても、俺はそれ以上を望んだだろう。
好きになってごめん。
君を苦しめる事しか出来ない俺だけど……
これからの君が、どうか幸せでありますように……。
君を愛せて、俺は幸せだったから……。
どうか、君も幸せでありますように……。
ただ祈る事しか出来ないけれど、
ずっと君を見守っている。
栗栖は単に面白がって訊いただけだろうから、その時は適当にはぐらかしたけど……実際たいした事じゃない。
保坂に貸してたノートが戻ってきた時、ノートを渡しながら保坂がとったぶっきらぼうな態度と、それに挟まってたルーズリーフの切れ端に書かれた文字があまりに不釣り合いで興味を持った。
ただそれだけ。
でも充分じゃない?
人を好きになるきっかけなんてものは、いつもどこかに安易に転がってたりするもんだ。
それに気付くか気付かないか。
気にとめるかとめないか。
所詮その程度の違いだ。
でもソレを恋愛に発展させるのは俺の力量にかかってると思う。
引きずり込んだと言われても良い。
いつか俺を好きだと思わせてみせるから。
ちゃんとしたストーリーと通常日記はありません。
カテゴリー説明
詞 ⇒ 書きなぐり。時々私的メモ。
彼之詞 ⇒ サイトのキャラの詞綴
君之詞 ⇒ 学生二人が交互に心情を綴ってます。
掛詞 ⇒ 1種を両視点から。
他 ⇒ お知らせ、その他。